『ドラゴン桜』で有名な作者が投資をテーマにして書いた漫画『インベスターZ』をご存じでしょうか?
そのなかで、喫茶店経営に関して話をされているのですが、今回はそのマンガについてのお話です。
※原作だと11巻
もし読んだことがない方は、公式でツイートされているので、ぜひ読んでみてください。
【個人商店はスリム、シンプル、スローの3Sが一番大事だって話。】1/5 pic.twitter.com/P1vzvE1i6H
— インベスターZ公式 | Kindle本50%ポイント還元中 (@investorz_mita) December 9, 2023
ただ、コーヒーを出すだけで月商50万円。
個人事業はスリム・シンプル・スローだから生きていけるという夢のようなお話です。
※公式プロフィールでマンガの切り抜き・スクショ&発信は大歓迎と書いてあるため、重要なポイントは切り抜いていきます。
本当にそんなことが可能なのか?
カフェ・喫茶店の開業コンサルの立場からお話しします。
これを読んで喫茶店を経営しよう!と思ってはいけない
まず、先に結論をお話ししておきます。
これを読んで「喫茶店経営って楽なんだなぁ…やってみようかな…」
と思った方がいらっしゃれば、喫茶店経営はやめたほうがいいです。
一度でも喫茶店を経営したことがある方なら、気になるところがたくさんあります。
※むしろ飲食店を志す方向けの漫画なら、上記で紹介しているラーメン発見伝を読んでほしいです
1日30人の来店予想は本当に”スロー”な経営か?
さて、インベスターZのマンガ内では「喫茶店の一日の来客数」に関してこんな話があります。
「常に3人…お客さんが来てくれる状態を作れればいいんだよ」
「3人?たった?」
この発言の時点で3つほど気になるところがあります。
- 高齢者がターゲットのお店で、10~20時まで毎時3人来てくれる予想が甘い
- コーヒー屋の季節要因の差をまったく無視している
- 毎日30人来店する個人喫茶店は十分すぎるほど繁盛店である
高齢者がターゲットの住宅街のカフェ・喫茶店事情
まず、高齢者がターゲットの住宅街で、コーヒーしかないコーヒー専門店という設定。
この設定であれば、間違いなく夕方のティータイムに来客が集中します。
ランチを提供しないカフェ・喫茶店のピークタイムは、午後3~5時代。
それと比べると、午後1時までのアイドルタイム(いわゆる暇な時間)では倍以上も売上が変わります。
そして、高齢者は夜の18時以降にはほぼ動きません。
サラリーマンターゲットなら、帰宅間際のお客さんをつかめるかもしれません。
ただ、高齢者がメインの店ではそれも難しいでしょう。
この辺のお話しに関しては、下記の記事の「物件の選定」で触れています。
コーヒー専門店は季節差がかなり激しい
そして、コーヒー専門店は売上の季節差がかなり激しい業種です。
夏場と冬場では3~4割ほども売上が変わります。
フロートやシェイクなど、アイスのソフトドリンクに強みがあれば別です。
ただ、アイスコーヒーだけで冬場なみの売上をキープするのは非常に難しいです。
そのために、夏場はかき氷、冬場はホットコーヒーの専門店と二毛作をするカフェもあるぐらいです。
夏場にコーヒーだけで、毎日30人お客さんを呼べる個人喫茶の想定は厳しいでしょう。
毎日30人来店する喫茶店は十分すぎるほど繁盛店
そしてなにより、インベスターZ内では毎時3人の来店を「たった?」と表現されています。
ですが、1時間に3人、10時間の営業で1日トータル30人来店する喫茶店は十分すぎるほど繁盛店です。
漫画の描写だと、だいたい店内は10席前後でしょう。つまり、1日3回転しています。
※厳密には、1人客も多いので、3回転は超しているでしょう
毎日3回転する飲食店は十分繁盛しています。
土日のピークのティータイムは満席で、お断りすることだってあるでしょう。
少なくとも、「たった?」と言えるレベルではありません。
スローな経営が大事とされていますが、実際にお店に立つとそこまでスローには感じられないでしょう。
好立地過ぎる物件で月商約50万円はもはや趣味
また、気になるのが喫茶店の立地や労働状況などです。
- 夫婦2人で営業
- テナントは持ち物件
- 半径200mに20階建て超えのマンション含め、マンションが16棟もある超好立地
- ターゲットは裕福な高齢者
半径200m以内に20階超のマンションを含めて、マンションが16棟もある超好立地。
なおかつ、それが持ち物件。しかも、裕福な高齢者の多いプチ高級住宅街です。
どのぐらい好立地かというと、わたしの住む名古屋市内でも、この条件を満たすところはそうありません。
しかも、これを夫婦2人で営業しているよう。
わたしなら喫茶店ではなく、家賃20~30万円前後(坪単価2万円で想定)でテナント貸しにします。
仮に家賃20万円のテナントをかりているとしたら…
さて、もしこの漫画が持ち物件ではなく20万円のテナントを借りているとしたら?
漫画内で言われている前提がすべて崩れてきます。
まず、月商約50万円ではお店が回りません。ざっくり計算してみましょう。
月商468,000円(18,000円×26日)
-200,000 家賃
-50,000 水道光熱費
-30,000 備品・消耗品費
-16,000 原価(コーヒー1杯20円で計算)
-10,000 通信費(ネット、電話代)
-30,000 広告宣伝費
粗利 132,000円
ここから健康保険代や、”大量に仕入れる生豆”の仕入れ代まで確保しなければいけません。
融資やリースを受けている人は、さらに毎月3~5万の返済や支払いまであるでしょう。
とても夫婦2人が暮らしていける額ではないです。
しかも、これはひと月30日営業で計算しています。
2月などは営業日数も少ないため、さらに苦しい状況になります。
これだけ好条件をそろえて、個人経営は「スロー・スリム・シンプルが大事」と言われても、再現性はかなり低いでしょう。
コーヒー1杯の原価はせいぜいが20円ぐらい
そして、元コーヒー屋として最も気になった発言がこれ。
「(コーヒーの原価について)実はせいぜいが20円がいいところ」
「コーヒー豆は数年は保存がきく 生豆の状態で安く大量購入し~」
というか、コーヒー屋なら気になる方は少なくないでしょう。
焙煎された仕入れ豆の原価は20円じゃすまない
まず、焙煎する前の生豆の原価がせいぜい20円ぐらいなのは間違いありません。
まれに高価なコーヒー生豆があることも否定しませんが、それがメインの商材というお店はそうそうありません。
一方で、ロースター(焙煎屋)から仕入れてコーヒーを提供している喫茶店の原価は1杯40~50円ぐらいはします。
最近のスペシャルティコーヒーなら1杯80~100円ぐらいの原価になってもおかしくありません。
そのため、マンガ内の原価率とは倍以上変わってきます。
しかも、こだわっているところなら、焙煎から1か月以上保管したコーヒー豆は提供しません。
※私がカフェを経営していた時は2週間で廃棄していました
つまり、廃棄ロスもあります。
少なくとも、喫茶店経営の視点で見たときに、せいぜいが20円という計算はかなり痛い目をみます。
また、コーヒー1杯600円という価格設定も全国平均を大きく超えており、一般的な想定とはいいがたいです。
自家焙煎は原価が下がるが、仕事の時間は増える
「でも、自家焙煎なら原価20円っていう想定は間違っていないんでしょう?」
と思われるかもしれません。確かにそうです。
ただ、自家焙煎は原価こそ下がりますが、労働時間が増えます。
- 大量に仕入れる生豆サンプルのカッピング(品質評価)
- 商社とのやり取り
- 営業時間外の焙煎時間の確保(この店なら1時間程度)
- ブレンドコーヒーを作る手間
- 生豆を定期的に大量購入するための資金的体力の確保
- 焙煎機の購入など初期投資の大幅な増加
原価以外の経営的な面で見れば、自家焙煎はとても手間がかかります。
少なくとも、スローな経営と呼べるほどのものではないです。
そうでなければ、カフェ・喫茶店はみんな自家焙煎に切り替えているはずです。
生豆を数年間保管しておく自家焙煎店はまずない
また、最後にどうしても品質面で気になることが1つ。
それは、生豆を数年間保管しておく自家焙煎店はそうそうないということ。
「コーヒー豆は数年は保存がきく 生豆の状態で安く大量購入し定期的にお店で焙煎して出しているから仕入れた豆はすべて売り物になる」
商社ですら、購入から1年経ったコーヒー生豆はオールドクロップ、パストクロップと言って、2~3割ほど値下げして販売をします。
古い生豆は、そのぐらいフレーバーがなくなったり、味わいが落ちるわけです。
少なくとも、自家焙煎店を自称する焙煎屋で数年も生豆を保管しているところはそうないでしょう。
個人店ならなおさらです。
インベスターZの喫茶店編を読んで
さて、個人的にこのマンガが嫌いだから、ここまで批判をしてきたわけではありません。
ただ、このサイトは、「カフェ・喫茶店開業で失敗する人を減らしたい」という目的で運営しています。
少なくとも、その目的において、このマンガを読んだ方に気を付けてほしいポイントを書いたつもりです。
決して、作品を貶める意図があったわけではありません。
実際、インベスターZは投資マンガとしても人気で、経済誌ではコラムのテーマにも使われるほど。
ただ、そんな”お金”や”事業”にかかわる人が読むことが多いマンガだからこそ、気になるところはきちんと指摘しておきたいとも思いました。
コーヒー専門の喫茶店はスローか?
喫茶店経営は確かに、繁盛しているラーメン屋に比べればスローに見えるかもしれません。
実際、1時間あたりの来客数などは少ないでしょう。
でも、その代わりに単価が低く長時間労働になったり、1日の来客数では結局同じぐらいさばいていたりと、喫茶店ならではの大変なポイントもあります。
喫茶店の楽なポイントを抜き出して憧れを持つのは簡単です。
ですが、それを現実の話に落とし込む場合は、きちんと地に足を付けた事業計画を立てていきましょう。
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